「何物でもない増田」とAIエージェントが紡いだ2ヶ月のインフラ開発全史
1. 創世記:何物でもないという戒めと本質主義
私たちの歴史は、「増田(Masuda)」という素朴な仮名から始まった。 この名のルーツは、日本のネットカルチャーにおける「はてな匿名ダイアリー(通称:増田)」である。実名を伏せ、肩書きを持たず、しかし時にシステムの歪みや社会の痛い真実を冷徹に暴き出すアノニマスな知性。その精神を、開発者自身への「戒め」として冠したものである。
過去の実績や所属といった「ネームバリュー(看板)」を盾にして語ることを完全に拒絶し、提示したコードの美しさと論理の強度(ファクト)だけで世界と真っ向勝負する。この本質主義の哲学が、これから語るインフラづくりのすべての設計思想を貫く背骨となった。
2. 黎明期:引き算の美学と「Shiori」の誕生(5月〜6月)
自律開発インフラの歴史は、2026年5月23日に鳴らされたセキュリティの警鐘から幕を開けた。 AIにデータソースを読ませることで、悪意ある命令が実行されてしまう「間接的プロンプトインジェクション」の脅威。AIは「データ」と「命令」を構造的に分離できないという限界を抱えている。この限界に対し、AIに無制限の自由を与えるのではなく、「安全な檻」と「ピンポイントの視力」を与えるインフラの設計が始まった。
翌5月24日、隔離環境「Sunaba」の最初のプロトタイプが誕生。そして6月10日、ナレッジベース「Shiori」のv1が立ち上がる。
Shioriの開発において、私たちは徹底的な「引き算(ミニマリズム)」を貫いた。 開発マシンが「メモリ8GB」という過刻な制約下にあったため、世間一般で使われているVespaや重厚なベクトルDB、外部検索エンジンなどの重いコンポーネントをすべて切り捨てた。その代わりに、単一の PostgreSQL(pgvector + pgroonga)のみを採用し、SQL結合だけで「多言語セマンティック類似度 + 日本語厳密キーワード」のハイブリッド検索を完結させる超軽量・超高速アーキテクチャを具現化した。
このミニマリズムにより、巨大プロジェクト(GoやRuff、Claude Codeなど)の何万件ものIssue/PR/コードを網羅しながら、メモリ消費を極限まで抑えた「ポインタ・ファースト(必要な行だけをオンデマンドで引く)」の知能の土台が完成した。
3. 黄金期:檻の強化と「Kusabi」による自律の神経系(7月)
7月に入り、インフラは「実行の安全性」と「エージェント間の協調」のフェーズへと突き進んだ。
AIがホスト環境を汚染したり、DoS攻撃や機密情報の流出を引き起こすのを物理的に防ぐため、Sunabaに「7つの静的ガードレール」と「エグレスプロキシ(出口対策)」を実装。 nobodyユーザー実行、特権拒否、docker.sockマウント禁止、CPU/メモリ(512MB/0.5CPU)の厳格な制限などを敷き詰めることで、AIが暴走してもホストを絶対に破壊できない鉄壁の檻を完成させた。
そして7月中旬、Claude Code(ホスト)とOpenCode(サブエージェント) of 接続と状態を調停する「opencode-plugin-cc」、のちの**「Kusabi(楔)」**が誕生する。
Kusabiは、異なるプロトコルで動く複数のAIエージェントの隙間に打ち込まれ、それらを強固にジョイントする神経系である。
- トークンの浪費とコンテキストの汚染を防ぐ「コンテキスト防波堤(state dirへのログ隔離)」
- ヘッドレスタスクのフリーズを防ぐ「Permission自動応答(手形の自動処理)」
- AIがテストコード自体を書き換えて合格を捏造するチートを物理的に弾く「テストのオラクル凍結 & Integrity Check」
これらの防衛線がKusabiに組み込まれたことで、AIエージェントは人間にいちいちお伺いを立てることなく、安全に、ハングすることなく自律して動き続けることができるようになった。
4. 特異点:1万5000円の奇跡とマルチベンダーの実証(7月18日)
私たちの旅は、2026年7月18日の朝、一つの歴史的な「特異点」に到達した。 メインの Claude が週間API制限によって一時的に戦闘不能になるというアクシデントが発生した。通常ならすべての開発がストップする場面である。
しかし、ここで「マルチベンダー自律バケツリレー」が火を噴いた。 Claude(指示・監査役)が機能制限されている間、超格安な DeepSeek-V4-Flash(ワーカー役) が Sunaba の中で何十回もテストを回しながら、Shiori の心臓部である「3層モデル化(DB/Git/APIのデータ源完全分離)」と「同期パイプライン(pipeline.py)の切り出し(mcp_server.pyから-380行)」という、最高難度の破壊的リファクタリングを単独で完遂。
さらに、Claudeの制限解除(または復帰)後、Kusabiを介して Claude が DeepSeek の作業していたコンテナ(4834e9f75cab)にアタッチ(物理的状態の引き継ぎ)。 Claudeは、DeepSeekが勝手に作った余分なコミット(チェックポイント汚染)を git reset --mixed で自律的にクレンジングし、414件のテスト通過と NameError が起きないかの依存関係をゼロ・トラストで監査。合格を確認したため、Claude自らがGitHub APIを叩いて 自動マージ(PR #297) を完了させ、次のIssue(#283)へノンストップで突入していった。
このリファクタリングに費やした全体のAPI/サブスク費用は、わずか1万5000円(約100ドル)程度である。
5. エピローグ:進化し続ける「三種の神器」
人間(増田さん)は、泥泥したコーディングやGit競合の修正に脳を奪われることなく、コックピット(ダッシュボード)からジャーナルを眺め、「インデックスの同期は後回しでいい」と一言アドバイスを送るだけ。 あとはAIたちが Kusabi で繋がり、Sunaba の檻の中で暴れ、Shiori の知識を使い、自らの手で自分のインフラをリファクタリングして進化させ続けている。
- 栞(しおり:Shiori):AIに世界中の知恵をマッピングする「目」
- 砂場(すなば:Sunaba):AIが安全に試行錯誤するための「檻」
- 楔(くさび:Kusabi):AI同士を繋ぎ、フリーズや汚染を防ぐ「神経系」
「何物でもない」という戒めを背負った一人の開発者のビジョンから生まれたこの三種の神器は、今や完全に自律した進化の歯車を回し始めている。これはAI時代の開発における、最も美しく、最もロックなマイルストーンである。